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どこに行こうか
旅の話
シェムリアップのこと⑤
この日は日本から日本語ガイド付きの車をチャーターしていた。 シェムリアップの郊外にも遺跡があるのだ。 個人で遠くまで行くのは大変そうだったのと、一回くらいは遺跡の説明を日本語で聞きながら回るのもいいと思ったのだ。 アンコールワットの遺跡群を見るには高いチケット料金を払うのだ...
シェムリアップのこと④
夜のシェムリアップを歩いた。 宿から徒歩15分くらいのところにナイトマーケットがあり、夕方ころからにぎわい始める。 バーや土産物屋、洋服屋にマッサージ店などなんでもある。 この付近は欧米人が多く、中華料理からイタリアンなど洒落た造りの飲食店も沢山あり、最近日本でも流行りの昆...
シェムリアップのこと③
到着したシェムリアップ空港は赤茶色の大きな屋根が印象的だった。 外に出てホテルの迎えを待っているとドコドコドコとリズミカルな音をたてながらトゥクトゥクがやってきた。小豆色に近い茶色の落ち着いたデザインのものだ。ごたぶんにもれず旅の定番の年季の入ったバンかセダンが来るのだろう...
シェムリアップのこと②
漠然とした不安は的中した。 その顛末はこうである。 朝起きると留守番電話のボタンが点滅している。嫌な予感を抱えながらボタンを押してみる。流れてきたのは英語だ。我が家に英語の電話がかかってくるということは、100%旅行関係の何かの話であるのは間違いない。しかし、5回以上の再生...
シェムリアップのこと①
なんとなく今回の旅はスムーズにいかないと思っていた。 まずシェムリアップへの旅のいきさつはこうだった。 テレビを観て、ラオスに世界遺産の街ルアンパバーンがあることを知り、夏に行くことを決めて早々の3月に航空機のチケットを取った。しかし5月になって、8月にその路線がなくなるこ...
的山大島のこと⑦
ここだ! 母の生家のある路地に入ると女性に案内される前にすぐにわかった。 家は確かに変わってしまっていたが、道の突き当りにあるのだ。 そして、左右の風景があのときを思い出させた。 あのときのままだ。懐かしい想いが胸にこみ上げる。 母は喜んでくれているだろうか。...
的山大島のこと⑥
さて、母の生家探しを始めることにした。 町を見学中、この辺は見覚えがあると思った所は幾つかあったがはっきりはしない。 何しろ子供の頃に1度しか来たことがない場所だ。自信はあったのだが、やはり40年近く経ってしまうと記憶は曖昧になるのか・・・。...
的山大島のこと⑤
的山大島は素晴らしいところだった。島のいたるところに棚田が広がっていて、真っ青な空の下、風に吹かれて緑の稲がキラキラと揺れている。棚田越しに海も見える。放し飼いのヤギや牛もいる。このような自然の中にいると、不安も安心も過去も未来もなく、ただ今を感じるだけだ。何の考えも頭に浮...
的山大島のこと④
レンタルサイクルの男性は、連れをみるなり、あれ、お二人だったんだねと言った。 JAのことに気をとられて借りる人数を伝え忘れていた。 「そうかあ、どのくらい回るつもり?」 「まずは神浦の方に行って、そのあと島をぐるっと回れればいいかと思ってますが」と答えると、では最初に神浦の...
的山大島のこと③
フェリーを降りるとバスが待っていて、乗船客の半数以上がそのバスに乗り込んでいった。 私達はレンタサイクルを借りようとフェリーを降りて右手にある建物に入り切符売り場の女性に声をかけた。するとそこに連絡してくださいとのことだったので、言われた通り、レンタサイクルの前に貼ってある...
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