さて、母の生家探しを始めることにした。
町を見学中、この辺は見覚えがあると思った所は幾つかあったがはっきりはしない。
何しろ子供の頃に1度しか来たことがない場所だ。自信はあったのだが、やはり40年近く経ってしまうと記憶は曖昧になるのか・・・。
そうだ、神浦港からこの島に入ったのだから、まずは港に行ってみよう。そこから歩いてみれば思い出すかもしれない。
もうフェリーは入ってこないが港は残っている。
港を背に町の方に歩き始める。
しかし、少し歩いただけで、すでに記憶があいまいだ。
記憶の中の雰囲気と違うのだ。あの時は、港を出てすぐに細い道を歩いたはずなのだが、この道は広い。
郵便局もあるが、こんなところにあっただろうか。郵便局の前を通って生家に向かったのは確かだが、港からこんなに近くはなかった気がする。
だめだ。
全然思い出せない。
どっちに足を出せばいいのかわからなくなって立ち止まると、連れが「ちょっと喉乾いたからあの喫茶店でちょっと休もうよ。もうそろそろ開いてるんじゃない?」と言った。
喫茶店に行くと電気がついていた。
あの人が電気が付いていたらやっていると言っていたからと扉に手をかけた。
「あ!あれ、開かないよ!」
開いていると思い込んで扉を開こうとしたので、びっくりして大きな声を出してしまった。
それに合わせて連れも「え?!やってないの?電気ついてるのに。」と大声を出したら、「やってますよ!」と女性の声が聞こえてきた。
どこから聞こえたのかキョロキョロしていると、どうやら2Fにいたようで降りてくる音がして中から扉があいた。
中に入ると喫茶店というよりか、夜は飲み屋になるような感じの店であった。
とりあえず暑かったので冷たいものが飲みたかった。メニューは見なかったが、コーヒーはあるだろうと思いアイスコーヒーがあるか尋ねるとあるというので、それをお願いした。
アイスコーヒーを頼んだら、作り置きというか、市販の紙パックのアイスコーヒーからカップに移しただけのものが出てくると思っていた。それなのに、ガスを付ける音がしたので、そちらの方を見るとヤカンを火にかけている。
なんと、ドリップからアイスコーヒーを作ってくれたのだ。
まさか、都会から遠く離れた島の中で豆から淹れたアイスコーヒーが飲めるとは思ってもいなかった。
「さっき町を案内してもらっていたでしょ。あの人ね、すごく有名な先生なのよ。」
「え?そうなんですか?」
「そうなの。色んな所で建築物とかの研究をしている人で、この島に来て歴史が残っていることに感動してそのままいついてずっとこの島の研究しているのよ。そういうあたしも元々佐世保の出身なんだけどね、この島に遊びにきたときにすごくいいところだと思って、その2か月後には店をたたんで、こっちに移り住んだの。」
島っぽい人ではないなと思う印象の女性だったのはそういうことだったのか。20や30そこそこの若者ではない。いきなり住んでいたところを売り払って違う場所に移住するなんて、いくら気に入っても私には出来そうにない。かっこいい人だなと思った。
それから私達がこの島にきた経緯などを話すと、大浦さんっていっぱいいるのよねぇと困った声で、ところでお母さんは生きていたら幾つかと聞いてくれたので答えると、そのくらいの年齢なら、あの人が知っているかもしれないといって電話をかけてくれた。
その結果、はっきりと母のことを覚えていたわけではないが、そこの家の娘に違いないということで落ち着いた。生家はその後、人の手に渡ったあと火事になりなくなり、その後また別の人が家を建てて住んでいるということだった。
おかわり用に急須に入っていたコーヒーで二杯目を飲んだ後、女性が案内してくれるというので店を出た。
生家跡に向かいながら、港を出てすぐ細い道に入ったことや、郵便局の前を通った記憶があるという話をすると、今ある港からの道は埋め立てて造った新しいもので、郵便局も何回か場所が変わっているとのことだった。どうりで記憶が繋がらないわけだ。
歩きながらどんどんと見覚えのある景色になっていった。
つづく