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ウラジオストクのこと⑩

腰くらいの高さにある車両に乗り込む為、手すりを掴んで小さな階段を勢いをつけて登る。

中に入ると大きな布袋がいくつか置いてある。朝になって寝台を普通座席に戻したので、シーツ類を入れているようだ。

サモワールという湯を沸かすための金属製の容器の置かれたスペースと乗務員室の間を通り抜けると寝台車両になる。車両には左手に四人用の寝台と右手に二人用の寝台がボックス型に並んでいる。

ウラジオストクまでここからあと2時間はある。そこまで行く人はまだゆっくりしたいのだろう、パジャマのような服装で、シーツのなくなった上段の座席にゴロゴロしていたり、上半身裸の男たちがいたり、布団が敷かれたままの座席もあった。犬まで席に座っている。

そこは列車の中ではなく、まるで大勢の人が住んでいる共同住宅で、その日常生活を見せられているようだった。

奥に進み、自分たちの座席を見つけた。

小さな座席が机を挟んで向かい合っている。机の上には誰か座っていたのかペットボトルなどが置いてあった。予約したのは41番と42番だ。夜は、42番が、今は荷物置きになっている上段のスペースを、

41番が、向かい合わせになっている座席部分を机を畳んで1つに繋いでベッドにするのだ。

モスクワから何日間もかけて走るシベリヤ鉄道のテレビ番組を、子供の頃に観て以来ずっと憧れ続けていたそれに乗っている。番組とは比べ物にならない短い時間ではあるが、確かにシベリヤ鉄道に乗っている。冷房のない蒸し暑い車両であったが、私は嬉しかった。

シベリヤ鉄道に乗ったらやってみたいことがあった。

それは、ガラスのコップを車内で借りて、サモワールからお湯を注いでお茶を飲むことである。その為にティーパックを買ってこようかと思っていたのだが忘れてしまった。しかし、入ってくるときにサモワールの前にお菓子やお茶のパックなどが並んでいるのを見たから購入できるのはわかっている。

列車はすでに出発し、少し気持ちも落ち着いてきたのでコップを借りに行くことにする。旅に出る前に一応購入していたロシア語本でコップを探す。スタカーンというらしい。

スタカーンスタカーン。口の中で繰り返しながら、乗務員室へ向かう。ちゃんと通じるだろうか、前情報では確か無料で借りられるようだったが、もしかしたらお金は必要なのだろうか。

短い距離を色々考えながら乗務員室前に着いた。

中にいた乗務員にむかって、「ス、スタカーン・・」サモワールを左手で指し、右手でマグカップの取っ手を掴んで飲む動作を付け加える。わかってくれたようで、中から金属の取っ手のついたグラスを出してくれた。グラスの中にはスプーンが入っていた。

すかさず、サモワールの前にあるホコリがかぶった品物の中からコーヒーらしきパックを見つけて、それも買いたいとジェスチャーで訴えると、それも中から出してきた。砂糖はいるかと言ってきたが要らないと首を振る。

料金は、100ルーブルだった。コーヒーだけの値段にしては、やけに高い気がするが、グラス代も含まれているのか。それとも日本と同じく車内価格で高めの設定なのかわからないが、シベリヤ鉄道でサモワールから借りたグラスにお湯が注げるのであれば、どうでもいいことだ。

すると乗務員が、粉をコップに入れたら少し時間を置いてから飲みなさいというようなジェスチャーをした。インスタントコーヒーと思っていたのだが、どうやらレギュラーコーヒーの粉だったのだ。

うなずいて、その場でコーヒーをグラスの中に移し、サモワールの蛇口からお湯を注いだ。

席に戻り、コーヒーの粉が下に沈むのを車窓の風景を眺めながら待つ。

窓の外は湿地や、海が見える。ずっと続く海岸線には海水浴客が点在している。

ところによっては、車のまま海辺に入ってそのまわりでくつろいでいたりする。芋洗い状態の海水浴しか知らない私にとっては羨ましい光景であった。

夢を見てるのかなと思っている間にコーヒーの粉がグラスの底に沈んだので一口飲んでみる。

コクは少ないが、香ばしくて苦味が深くおいしかった。案外ロシアはコーヒーのおいしい国なのだろうか。

つづく

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